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    レキシジン 第2部「史上最大の海戦」 2章「レイテ沖海戦」 第2部2章レイテ沖海戦(8/10)「渾身の一撃で小沢艦隊をこの世から葬り去る!」ハルゼーが犯した世紀...

    第2部2章レイテ沖海戦(8/10)「渾身の一撃で小沢艦隊をこの世から葬り去る!」ハルゼーが犯した世紀の勘違い

    第2部.レイテ沖海戦から地上戦まで、かく戦えり

    第2章.レイテ沖海戦

    8.小沢艦隊が起こした奇跡

    レイテ沖海戦の流れからいけば、西村艦隊が全滅を遂げたスリガオ海戦のあとは栗田艦隊によるサマール沖海戦へと移ることになります。

    しかし、その間に囮としての任務を与えられた小沢機動艦隊の成し遂げたことにふれなければ、サマール沖海戦がなぜ起きたのかもわからなくなります。

    ここではレイテ沖海戦の結果に多大な影響を与えることになる小沢艦隊の起こした奇跡について、振り返ってみます。

    その1.小沢艦隊、かく戦えり

    - 小沢艦隊の実態 -

    小沢艦隊の出撃は悲壮感に満ちたものでした。4隻の空母を擁しているものの艦上機はわずか116機に過ぎず、米海軍の空母1隻の搭載機数にも及ばない状況でした。

    しかも搭乗員のほとんどは、四国の松山基地と九州の大分基地で急いで訓練を受けていた実戦未経験者ばかりです。空母からの発艦はかろうじてできるものの、着艦の技術を持ち合わせていない搭乗員が大半を占めていました。ベテラン搭乗員が次々と戦死を遂げるなか、一度空母から飛び立ったら最期、二度と元の空母には戻ってこられない搭乗員まで駆り出して戦わざるを得なかったのです。

    実戦では発艦に失敗して、そのまま海中に没する搭乗員もいました。まだ完全には訓練を終えていない「搭乗員の卵」の状態で、実戦に投入されたのです。

    正規空母1隻に3隻の改造空母を加えた4隻の空母を中心に、戦艦2隻、軽巡3隻、駆逐艦8隻からなる小沢艦隊は、艦上機をほとんど持たない、まさに見せかけだけの機動艦隊でした。

    戦艦「伊勢」「日向」もまた見かけ倒しでした。両戦艦は戦術の変更に伴い、航空戦艦へと改装されています。後部主砲塔二基を撤去し、その代わりに航空機用の甲板と格納庫などが設けられ、22機を搭載できるように改造されたのです。主砲の14インチ砲よりも航空打撃力を備えるほうが役立つと判断されたためです。

    ところが搭載する航空機が一機もないのでは話になりません。結局、両戦艦から主砲を取り外しただけの結果に終わりました。

    艦上機のほとんどない空母、技術と経験に欠ける艦上機の搭乗員、主砲をおろしてしまった戦艦、この状態で戦うことを強いられた小沢長官の苦悩は、さぞかし深かったに違いないと察するに余りあります。

    - 空振りに終わった先制攻撃 -

    ルソン北東海域に進出した小沢艦隊が予定地点に達したのは24日の午前6時でした。連合艦隊司令部から小沢艦隊に与えられた任務は次の通りです。

    「機動部隊は第一遊撃部隊(栗田艦隊)のレイテ突入に策応し、ルソン東方海面を機宜(きぎ=「ちょうど適した時機」)行動、敵を北方に牽制するとともに、好機敵を攻撃撃滅すべし」

    要するに栗田艦隊のレイテ湾突入を助けるために囮となり、米機動艦隊を北方に吊り上げ、機を捉えて攻撃し撃滅せよ、ということです。

    最期の「好機敵を攻撃撃滅すべし」の一文は、辻褄を合わせるための装飾に過ぎません。もとより艦上機をほとんど持たない小沢艦隊に米機動艦隊を撃滅できるはずもないことは、いかに現状認識が甘い連合艦隊司令部といえども十分に理解しています。

    その真意が「栗田艦隊をレイテ湾に斬り込ませるために、囮となって死んでくれ」であることは、小沢艦隊の誰もがわかっていました。西村艦隊同様に全滅を覚悟しての出撃でした。


    捷号作戦における日本海軍の行動計画、小沢機動艦隊に割り当てられたのは全滅覚悟の囮としての役割だった。
    レイテ沖海戦1944 日米四人の指揮官と艦隊決戦』エヴァン トーマス著(白水社)より引用

    思えば世界に先駆けて空母を核とする機動艦隊を編成し、真珠湾攻撃を成功させることで機動艦隊こそが次世代の主力部隊であることを世界に知らしめたのは、他ならぬ日本海軍です。

    そもそも日本海軍が機動艦隊を作り上げるきっかけとなったのは、当時、第一航空戦隊司令官であった小沢治三郎が「航空艦隊編成に関する意見」を提出したからこそです。世界ではじめて機動部隊を創案したのは小沢長官でした。そのため小沢長官は、「空母機動部隊の生みの親」といわれています。

    そんな小沢長官が機動艦隊を囮として使う任務を与えられるとは、運命の皮肉と言えるでしょう。

    囮としての任務を完遂するためには、米海軍に小沢艦隊の所在地を知らせる必要があります。そもそも米海軍が小沢艦隊に気がつかなければ、吊り出せるはずもないからです。

    小沢艦隊は旗艦の空母「瑞鶴」から、わざと長文の偽電波を何度も発信しています。米海軍に捕捉させることが目的なだけに、もちろん暗号処理などするはずもありません。

    しかし、残念ながら米海軍はこれらの電信を受信するに至っていません。

    無傷で目的地点に達した小沢艦隊は、ハルゼー率いる米機動艦隊がどこにいるのかを探るために、索敵機を盛んに飛ばしました。

    索敵機から米機動部隊発見の報告が届いたのは、午前11時15分でした。小沢長官は直ちに攻撃機に総攻撃のための発信を命じるとともに、「攻撃隊全力をもって敵機動部隊を攻撃する。当隊針路西、速力二○ノット」と連合艦隊司令部と関係各隊に打電しました。

    ところが、この重要な電信が栗田艦隊に届かなかったことは前述の通りです。このとき、栗田艦隊はシブヤン海にて米軍の第一次航空攻撃にさらされている真っ最中でした。戦艦武蔵が魚雷を受け、シブヤン海は地獄のような業火に包まれ騒然としていただけに、電波状況が悪かったのかもしれません。

    栗田艦隊は小沢艦隊による米機動艦隊の吊り出しについての情報を渇望していました。もし、このとき小沢艦隊からの電信が届いてさえいれば、その後の栗田艦隊の行動もかなり違ってきたことでしょう。

    電信が届かなかったばかりに、「小沢艦隊はなにをしているのか?」と栗田艦隊司令部は疑心暗鬼にとらわれることになりました。

    その時点で小沢艦隊には76機の攻撃機がありましたが、19機が発進できなかったり、発進後のエンジントラブルで引き返したため、実際に攻撃に向かったのは「瑞鶴」の24機と3隻の改造空母からの33機を合わせた56機です。

    攻撃機の搭乗員の大半は発艦できても着艦できる技術がないため、初回のこの攻撃こそが、小沢艦隊にできる唯一の航空攻撃でした。まさに命運を託した一回限りの大勝負です。

    しかし、結果は空振りでした。瑞鶴隊は「敵空母2隻を撃沈した」と報告していますが、実際に沈んだ艦はありません。戦果は8機の米機を撃墜しただけに止まっています。

    一方、小沢艦隊は57機のうち25機を失い、29機がルソンにある基地に着陸、母艦に帰艦できたのは、わずかに 3機のみでした。

    空襲によって小沢艦隊が近くにいることに米機動艦隊が気づき、襲いかかってくれることを期待した小沢長官ですが、なんのリアクションもないまま時が過ぎていきます。

    その2.前衛部隊による決死の南下

    正午を過ぎたあたりから小沢長官の下には、栗田艦隊が米機動艦隊の艦載機による集中攻撃を受けていることを知らせる電信が、次々に舞い込んできました。

    こうなると小沢艦隊が囮としての役割を果たしていないことは明らかです。そこで小沢長官は栗田艦隊を攻撃しているハルゼー機動艦隊を吊り上げるために、戦艦「伊勢」と「日向」に駆逐艦4隻を付けて臨時編成の前衛部隊とし、急いで南下させる命令を下しました。

    あえて前衛部隊をハルゼー機動艦隊に近づけることで、囮としての任務を徹底しようとしたのです。

    その決断が小沢艦隊の運命を大きく左右することになるのは明らかです。前衛部隊に気がついたハルゼーが本気で航空攻撃を仕掛けてくれば、前衛部隊の全滅は十分にあり得ることです。

    また前衛部隊を割くことで小沢艦隊の戦力は半減します。ハルゼーが手薄となった小沢艦隊本隊に攻撃機を差し向けてくれば、ひとたまりもありません。

    それでも、もとより全滅を覚悟しての戦いであるだけに、小沢長官に迷いはありませんでした。敵の空襲を少しでも我が身に引き受けることで、栗田艦隊の危急を救おうとしたのです。

    小沢長官は悲壮な決意に基づいて前衛部隊を南下させたことを友軍に電信しました。その電信を栗田艦隊司令部が受け取ったのは、米機の第5次航空攻撃が終わった直後でした。

    「(前衛部隊)は南方に進出、好機に乗じ残敵を攻撃撃滅すべし」と、小沢長官の苦渋の決断が記されていましたが、そのとき栗田艦隊は大きな勘違いにとらわれていました。

    先に小沢長官が発信した電信が栗田艦隊に届いていたなかったため、栗田艦隊では「前衛部隊を南下させる」という電文の意味を、完全に履き違えて受け取ってしまったのです。

    ハルゼー機動艦隊に対して艦上機による攻撃を敢行し、すでに丸裸となった小沢艦隊がさらに前衛部隊を南下させるからこそ、それが捨て身の突撃であることがはじめてわかります。

    ところが、電信が届かなかったために空襲が実施されたことを知らない栗田艦隊では、小沢艦隊が予定通り南下していることを告げるだけの電文だと受け取り、がっかりしたのです。

    小沢艦隊が囮としての任務を遂行していないと、勘違いしたためです。

    事実は逆で、小沢長官はハルゼー機動艦隊による栗田艦隊への集中攻撃を止めさせるために、あえて前衛部隊を送り込み、米機動艦隊の攻撃目標を小沢艦隊に変えさせようと必死の努力を続けていたのです。

    このことが栗田長官に伝わらなかったことは、運命の悪戯としか言いようがありません。

    もし、先の電信が栗田艦隊に届いてさえいれば、栗田長官が小沢長官の真意を汲み取ることができたことでしょう。そうであれば、翌日レイテ湾目前で下した栗田長官の決断が変わっていたかもしれません。

    このあと、孤軍奮闘していると感じた栗田長官が一時反転したのは先に記した通りです。

    そうとも知らずに、前衛部隊の乗組員たちは今生の別れと覚悟を定め、それぞれに水盃を交わしたと記録されています。乗組員たちにとっては決死の南下でした。

    まもなく小沢長官は栗田艦隊がシブヤン海にて反転したことを知ります。連合艦隊司令部からは「天佑を信じ全軍突撃せよ」の電令が入っただけに、栗田艦隊の再反転があると信じ待機していた小沢長官ですが、いつまで経っても栗田艦隊からその報告が入らないため、やむなく前衛部隊に南下を中止して北上するように命じています。

    栗田艦隊が反転したとなれば南下が無意味になるだけに、当然の処置といえるでしょう。

    実際には栗田艦隊は再反転を遂げていましたが、連絡が遅れたため、小沢長官には伝わらなかったのです。

    このとき、小沢長官はまだ気づいていませんでしたが、ハルゼーは小沢艦隊の存在にようやく気がつき、ある重大な行動を起こしていました。

    その3.米軍の犯した世紀の勘違い

    第三艦隊を率いるハルゼーは第38任務部隊(TG38)を4つの部隊に編成してレイテ沖に展開していました。

    24日にはシブヤン海を航行していた栗田艦隊に五度にわたって航空攻撃を仕掛け、戦艦武蔵を沈めたことは、すでに記した通りです。

    ハルゼーは15時12分に各指揮官に向けて、後に波紋を呼ぶことになる重要な電信を打っています。
    「TG38・2とTG38・4が差し出す戦艦、巡洋艦、駆逐艦をもってTF34を編成する。指揮官はワシントン座乗のリー中将、全般指揮は本官が執る」

    「TG38・2」は第38任務部隊の第2部隊、「TG38・4」は同第4部隊のことです。この2つの部隊から艦艇を引き抜き、第34任務部隊を新たに編成する、という意味です。

    ワシントンにいる合衆国艦隊司令長官のキング提督とハワイのパールハーバーにいる太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督は、この電信を目にして安堵したと伝えられています。第34任務部隊が編成されたということは、サンベルナルジノ海峡の出口がガードされたことを意味するからです。

    キンケード長官の率いる第7艦隊が西村艦隊を迎え撃つためにスリガオ海峡に進出しているため、レイテ湾へとつながるサンベルナルジノ海峡の防備が手薄になっていました。

    今は第38任務部隊が展開しているだけに不安はないものの、戦況次第で第38任務部隊がどこに移動するかはわかりません。しかし、何があっても第34任務部隊が残り、サンベルナルジノ海峡を塞いでさえいれば、不測の事態に備えることができます。

    ところが、ここに大きな勘違いが生じていました。ハルゼーは後に、先の電信は「第34任務部隊を編成した」との報告ではなく、あくまでバトルプランを示しただけだと述べています。

    たしかに「編成する」の文には未来形であることを示す ”will be” が使われていました。これが一般的な文章表現であれば、プランを示したものに過ぎないと解釈するのが普通です。

    しかし、軍隊には軍隊内だけで通用する特殊な言葉が、どの国にも存在します。日本軍が「撤退」を「転進」、あるいは「一時退避」という言葉に置き換えて用いていたのも、そのひとつです。

    米海軍内では即時実行される場合においても ”will be” を使う習慣がありました。そのため、キングにしてもニミッツにしても、ハルゼーの電信を第34任務部隊を「編成した」あとの報告であるとばかり思い込んでいたのです。

    ハルゼーも電信を発した後、麾下の指揮官に誤解されてはいけないと思い、隊内電話を用いて補足説明を加えています。
    「敵部隊が再び反転して東に向かいサンベルナルジノ海峡を通過しようとした場合は、TF34の編成を命ずる」

    この連絡を受ければ、現時点ではまだ第34任務部隊が編成されていないことがはっきりとわかります。第34任務部隊が編成されるのは、シブヤン海の戦いの後、反転した栗田艦隊が再び方向を変え、レイテ湾目指してサンベルナルジノ海峡を通過しようとしたときです。

    この重要なメッセージをハルゼーが電信ではなく、なぜ隊内電話を用いて伝えたのかは謎とされています。

    隊内電話のため、遠距離にいるキングやニミッツには、当然ながら届きません。

    米艦隊司令部は第34任務部隊が編成され、サンベルナルジノ海峡の出口を塞いでいるものとばかり思い込んでいたのです。

    誤解が生じたのは第7艦隊のキンケード長官も同様でした。第34任務部隊が編成されたと聞き、キンケードは素直に喜んでいます。

    なお、ハルゼーはキンケードに対しては先の電信を送っていません。それにもかかわらずキンケードが情報をつかんでいたのは、こっそりと盗聴していたからです。

    レイテ沖に展開する米海軍はハルゼーの第38任務部隊とキンケードの率いる第7艦隊ですが、驚くべきことにレイテ沖海戦を通して、この両艦隊が直接連絡を取り合うことは禁じられていました。

    なぜなら両艦隊は指揮系統を異にしていたためです。第38任務部隊は米海軍司令部の指揮下にありましたが、第7艦隊はマッカーサーの指揮下にあり、米上陸軍と輸送船団を護衛する任務を与えられていました。

    マッカーサーは指揮下にある第7艦隊が、自分を通り越して他の部隊と直接コンタクトをとることを嫌いました。

    そこで、マッカーサーがすべての交信を確認できるように、手の込んだ通信方法が採られています。ハルゼーかキンケイドのいずれかが相手に連絡をとりたいときは、わざわざマヌス島にある無線局にそのむねを伝達することで、電信が回るようになっていたのです。

    しかし、マヌス島の通信局は悪名高く、電信が滞ったり混乱することがよくありました。

    さらに輪をかけて、ハルゼーとキンケードが互いをライバルと見なす犬猿の仲であったという個人的感情も、二人の意思の疎通を阻みました。

    第7艦隊と第38任務部隊の意思の疎通がとれなかったことは、戦力が圧倒的に優位であるはずの米海軍に、一寸の隙をもたらすことになります。

    その4.ハルゼー全軍を率いて北上せり

    - ハルゼーの決断 -

    索敵に出していた航空機から小沢艦隊発見の報告をハルゼーが受けたのは、18時30分のことです。所在がわからなかった日本の機動艦隊の動きを、ハルゼーはようやく掴むことができたのです。

    しかも、わずか200マイル未満の距離に位置し、機動部隊がこちらに直進しつつあると聞いては、「猛牛」のニックネームを持つハルゼーの闘争本能が小沢機動艦隊に向かうのは必然でした。

    前衛部隊を南下させてまでハルゼーの気を引こうとした小沢長官の目論見が、見事に功を奏したといえるでしょう。

    ハルゼーは早速、今後の第38任務部隊の動き方についての会議を司令部内で行いました。この時点でわかっている日本海軍の動きは以下の通りです。

    ・西からサンベルナルジノ海峡を目指していた中央部隊(栗田艦隊)は損傷が激しく、反転した。しかし、再反転の可能性は捨てきれない。
    ・南からスリガオ海峡に向かう南方部隊(西村艦隊)は小さな戦艦群に過ぎない。
    ・北からこちらに向かってくる北方部隊(小沢艦隊)は空母を中心とする機動艦隊であり、今回の主力部隊と見られる。
    ・3つの艦隊は一斉にレイテ湾への突入を狙っていると考えられる。

    これらの情報をもとに、ハルゼーらは3つのオプションについて検討しました。一つ目は全軍でサンベルナルジノ海峡をガードする、二つ目は第34任務部隊をサンベルナルジノ海峡に残し、それ以外の軍は小沢艦隊の撃滅に向かう、三つ目は全軍で小沢艦隊の攻撃に向かう、以上の3つです。

    第一の選択肢は早々に消えました。来るかどうかもわからない栗田艦隊をサンベルナルジノ海峡で待ち続けることは、愚策以外のなにものでもないからです。

    また、機動部隊が近づいている以上、サンベルナルジノ海峡に止まれば空母群と航空基地に挟まれることになり、不利な戦いを強いられる恐れもありました。

    第二の選択肢は賢明に思えましたが、第34任務部隊には空母が入っていないため、航空基地から飛んでくる日本機による攻撃から守るためには空母2隻を残す必要がありました。

    そうなれば小沢艦隊と戦う際の戦力が低下することは明らかです。実際のところ小沢艦隊には艦上機がほとんどない状況でしたが、さすがにハルゼーに、そのようなことまで見通せるはずもありません。

    4隻の空母を擁する機動艦隊を壊滅させるためには、手持ちの空母が多いほうがよいに決まっています。部隊を二つに分けて戦力を分断するよりも、戦力を集中させて戦った方が何倍も有利であることは、海戦における常識でした。いわゆる「兵力集中の原則」です。

    となれば、残る選択肢はひとつしかありません。全軍を率いて小沢機動艦隊との決戦に向かう、という第三の選択肢です。

    第7艦隊が米陸軍マッカーサーの指揮の下、上陸軍と輸送船団の護衛を任務としていることは先にふれましたが、第38任務部隊を率いるハルゼーは米海軍ニミッツ提督の指揮の下、機会が生じたならば敵主力部隊を壊滅させる使命を与えられていました。

    いま眼前に敵の主力部隊と見られる小沢艦隊が迫っているだけに、これに立ち向かうのはハルゼーとしては当然でした。

    小沢機動艦隊は米上陸軍に大きな損害を与える力があると見られるだけに、最大の脅威です。全軍をもって小沢機動艦隊を確実に壊滅させることは、フィリピンでの米軍の作戦に貢献するための最善の策であると判断されたのです。

    渾身(こんしん)の一撃で日本の空母部隊をこの世から葬り去る、それがハルゼーの出した結論です。

    かくしてハルゼーは20時過ぎに麾下の全軍に対し、小沢機動艦隊を目指して北上することを命じました。大型空母5隻、軽空母5隻、戦艦6隻、重巡2隻、軽巡6隻、駆逐艦41隻からなる合計65隻の大艦隊の北上です。

    このとき、まさに歴史が動いた、といえるでしょう。捷号作戦で意図したままに、ハルゼー機動艦隊は囮となった小沢艦隊に吊られて北上を始めたのです。

    しかも、サンベルナルジノ海峡に1隻の艦艇も残すことなく全軍を率いて北上するとは、連合艦隊司令部でも予想していない、まさかの展開でした。

    - あわてふためくキンケード -

    その頃、第7艦隊を率いるキンケードはハルゼーより「夜明けに敵空母部隊を攻撃するため、三個空母群とともに、北へむけ前進する」との電報をマヌス無線局経由で受け取っています。

    ここでもキンケードは勘違いをしていました。「三個空母群」を第34任務部隊を除いた3個の空母群だとばかり受け取ったのです。第34任務部隊はすでに編制されたのものと思い込んでいたためです。それはニミッツ提督にしても同様でした。

    このとき、すでに栗田艦隊は再反転を遂げ、サンベルナルジノ海峡に近づきつつありました。

    そのことをハルゼーがいつ知ったのかについては様々な証言が為されており、はっきりとはわかっていません。

    すでにハルゼーは48時間、ほぼ一睡もせずに指揮をとり続けていました。20時を過ぎてまもなく、ハルゼーは仮眠をとるために司令官私室に入ったとされています。

    栗田艦隊が再びサンベルナルジノ海峡を目指して前進を始めたことを知った第38任務部隊の司令部では、ハルゼー抜きで熱い議論が交わされました。第34任務部隊を編成してサンベルナルジノ海峡をガードさせるべきだ、とする意見も出されています。

    しかし、幕僚たちはハルゼーの健康を気遣い、起こすことをしなかったと記されています。

    ハルゼーにしても司令部にしても、栗田艦隊が大きな損傷を負っているものとばかり誤解をしていたため、たいした戦力はもっていないと判断していました。

    実際は戦艦武蔵が犠牲になることで、栗田艦隊全体の損傷がハルゼーらが思っているよりも、はるかに小さかったことは前述の通りです。

    ですが、栗田艦隊が5回にわたる航空攻撃によって弱体化したと思い込んでいる司令部は、あえて第34任務部隊を残さなくても、第7艦隊に任せておけば問題はないと見ていたのです。

    こうした司令部の油断が、睡眠中のハルゼーを起こしてまで「サンベルナルジノ海峡をガードしたほうがよい」との意見を具申する必要などない、との誤った判断を招いたといえそうです。

    一方、キンケードはスリガオ海峡の戦闘が終わった後、部下より出された「ハルゼーにサンベルナルジノ海峡が第34任務部隊によってガードされているか、たしかめたほうがよい」との意見を受け入れ、25日の4時12分にハルゼーに問い合わせの電報を入れています。

    しかし、すべてが遅すぎました。


    西村艦隊が全滅を遂げた10月25日4時時点の日米艦隊の動き
    レイテ沖海戦』半藤一利著(PHP研究所)より引用

    この電報は1500マイルも離れたマヌス無線局で例によって滞り、ハルゼーが受け取ったのは2時間以上も経過した6時58分のことでした。

    その電信を目にした第38任務部隊では「今さら何を言っているんだ」といった空気に満たされました。ハルゼーにしてみれば昨夜の8時過ぎに「3つの空母群を率いて北上する」と連絡しただけに、サンベルナルジノ海峡のガードはしていないことなど、キンケードがわかっているはずだとの思いがあります。

    ハルゼーらは受信の7分後に返信を発しました。
    「否。第34任務部隊は空母群とともにあり、現在敵空母部隊と交戦中」

    その電信を目にしたキンケードが大いに驚き、狼狽したのも無理からぬことといえるでしょう。

    その時にはもはや、米海軍は取り返しの付かない窮地に追い込まれていたのです。

    ドン山本
    タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。 その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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