日本とフィリピンの歴史

「日本とフィリピンの第二次世界大戦」の目次

それぞれの章の年表はこちら

第一部:侵略か解放か? 日本が追いかけた人種平等の夢

第1章 序章
ふたつの世界地図はなにを語るか〜日本が追いかけた人種平等の夢〜

第2章 白人による有色人種殺戮と略奪の500年の歴史
1.コロンブスの「発見」から始まる奴隷の歴史
2.欧州に繁栄をもたらした奴隷貿易とそれを支えたキリスト教
3.インディアン・アボリジニの悲劇
4.なぜアジアは狙われたのか?欧米列強のアジア侵略
5.欧米列強はこうして植民地を支配した
6.植民地化されたインドネシアとインドの悲劇
7.日本はなぜ植民地化を免れたのか

第3章 第二次世界大戦への道筋
1.帝国主義の時代
(1/3)既得権益を自ら放棄し【明治維新】へ 全ては未来を守るため…
(2/3)19世紀の世界情勢「東方を征服せよ!」
(3/3)なぜ朝鮮は日本にとって重要だったのか

2.日露戦争
(1/4)中国・朝鮮とともに!アジア主義の始まり
(2/4)国家の存亡をかけた日露戦争 ロシアの誇るバルチック艦隊出動
(3/4)日露戦争が世界を変えた 白人支配の歴史を断ち切った日露戦争
(4/4)日韓併合への道 欧米列強に並ぶ一等国へ

3.黄禍論と日本人差別
(1/4)黄禍論とは何か?人種戦争という一つの頂点を目指し、回り始めた歯車
(2/4)アメリカの対日憎悪 なぜアメリカで日本人移民排斥運動が起こったのか
(3/4)世界で初めて提議した人種平等法案 なぜパリ講和会議で人種差別撤廃案は通らなかったのか
(4/4)米国の対日戦争準備 オレンジ計画からワシントン会議まで

4.満州事変はなぜ起きたのか
(1/5)満州は唯一の希望だった
(2/5)満州は中国なのか?満州事変までのいきさつ
(3/5)全満州制覇までの経過と満州国の建国
(4/5)国際連盟からの脱退と満州の見果てぬ夢
(5/5)なぜ満州国は崩壊したのか?開拓史上最大の悲劇

5.泥沼の日中戦争へ
(1/10)日中戦争は何を語るのか
(2/10)盧溝橋に鳴り響いた一発の銃弾
(3/10)日中全面戦争と南京事件の真実
(4/10)参謀本部は和平を望み、政府は戦争継続を望んだ
(5/10)日本は残虐な侵略軍だったのか?歴史に埋もれた真実
(6/10)日本は世界を征服しようとしたのか?
(7/10)アジアから突きつけた初めての挑戦状「東亜新秩序」とは
(8/10)同情は中国に、嫌悪は日本に・・・
(9/10)なぜ日本は大東亜経済共栄圏を築く必要に迫られたのか?
(10/10)共産化を防ぐための孤独な戦い

第4章 開戦へのカウントダウン
1.三国同盟に託した日本の行く末
(1/5)なぜ日本はナチスドイツに並ぶ悪の帝国と見なされたのか?
(2/5)ユダヤ人を救え!6千人を救った杉原千畝の『命のビザ』
(3/5)驚異的なナチスドイツの快進撃。合言葉は「バスに乗り遅れるな!」
(4/5)欧米に頼らない生存圏をアジアに!大東亜共栄圏が掲げた理想
(5/5)消えたソ連との四国同盟。自ら自滅に導いたヒトラーのその決断

2.北部仏印進駐の余波
(1/7)蒋政権を支える米英仏ソの経済援助。元凶を断つための戦い
(2/7)平和進駐か武力進駐か。フランスとのギリギリの交渉
(3/7)ベトナム独立のために立ち上がったラップ将軍
(4/7)本当に侵略なのか!?仏印進駐後のアメリカの反応
(5/7)アメリカから見た国際情勢。欧州をドイツが、アジアを日本が支配する悪夢
(6/7)本格化する対日経済制裁。石油は日本にとっての生命線
(7/7)石油を求めて日・蘭印交渉へ

3.すべてを覆した独ソ戦の衝撃
(1/12)ソ連を巡る当時の世界情勢と各国の軍事力比較
(2/12)大量の素人外交官を生み、情報戦に遅れをとる原因を作った松岡人事
(3/12)日ソ中立条約はなぜ結ばれたのか?松岡外相の狙いは昭和史最大の謎
(4/12)大失敗だった日ソ中立条約。ロシア人にとって「条約は破るもの」
(5/12)独ソ開戦間近!日本は米英親善へ舵を切るチャンスがあった
(6/12)ドイツと共にソ連を挟み撃ちにすべきか、それとも...
(7/12)アメリカの怒りを買う南部仏印進駐はどう決まっていったのか
(8/12)ついに独ソ開戦、松岡外相が天皇に上奏したその驚くべき内容
(9/12)ドイツはなぜソ連に侵攻したのか?ヒトラーの本当の狙い
(10/12)もし日本がソ連に侵攻していたなら、第二次世界大戦で勝者になれたのか
(11/12)ソ連を救ったスパイ・ゾルゲとコミンテルンの陰謀
(12/12)仮想、日ソ開戦!ソ連を降伏に追い込める可能性はあったのか

4.日米交渉(計36回)
(1/36)ペリーの開国から日米戦争へ至る百年余の歳月のあらすじ
(2/36)ルーズベルト陰謀論とコミュニケーション・ギャップ
(3/36)開戦まであと319日 民間外交から始まった日米交渉
(4/36)日米諒解案だけを日本政府に送った野村大使の独断。大混乱へ
(5/36)昭和史を語る上で外せない「松岡外交」その功罪とは?
(6/36)言語の壁。アメリカの暗号解読ミスが生んだ深刻なすれ違い
(7/36)対日経済制裁。なぜアメリカは南部仏印進駐を重大事と受けたのか
(8/36)まだ戦争は避けれた!ルーズベルトの仏印中立化案と台無しにした野村大使
(9/36)アメリカから日本に石油が一滴も入ってこなくなった謎に迫る

第五章 なぜ開戦を決意したのか
日本はなぜ日米開戦を決意したのか、日本側の開戦までの動きを追いかける。

第二部.レイテ島沖海戦から地上戦まで、かく戦えり(近日公開)

第1章.レイテ決戦までの道のり(1~2回分)
1.ミッドウェイで生じた大逆転劇
2.東条内閣崩壊、新体制へ
3.瀬戸際の捷号作戦

第2章.レイテ沖海戦(3~4回分)
1.米軍の上陸地点はどこか?
2.台湾沖航空戦
3.捷一号作戦の発動
4.悲劇の特攻艦隊
5.戦艦武蔵、シブヤン海に沈む
6.悲壮スリガオ海戦 西村艦隊全滅
7.小沢艦隊が起こした奇跡
8.米艦隊殲滅まであと一歩 サマール沖海戦
9.栗田艦隊反転の謎を追う
10.総括 レイテ沖海戦

第3章.レイテ陸上戦(2~3回分)
1.ここが天王山 レイテ決戦へ
2.惨烈 リモン峠の戦い
3.ブラウエン飛行場奪回作戦
4.絶望のカンギポット山

第4章.ヴィサヤ諸島の戦い(1回分)

第5章.ルソン島の戦い(2~3回分)
1.「東京への道」を阻め ルソン決戦
2.マニラ市街戦の悲劇
3.バギオの戦い

第三部.神風特攻隊とは何だったのか(未定)

第四部.フィリピンから見たレイテの戦い(未定)

セブ慰霊の旅英語バージョン

(Part 1) The Secret Story of the Birth of a kamikaze corpsCaused by Cebu Incident
(Part 2): The Uninvited conqueror. Japanese Army for Filipinos
(Part 3): The Japanese Army's Crimes and the Fate of Children for Not Allowing Civilians to Surrender
(Part 4) Near the San Pedro Fortress, a hidden story of the nameless Japanese military memorial
(Part 5): President KIRINO's Decision to Kill Children by Japanese Soldiers

参考URLと書籍の一覧はこちら

レイテから振り返る、第二次世界大戦

レイテ島

深く澄み切った青を何層も重ね塗りしたような静かな海の中に、その島はたたずんでいます。セブから北東の方向に飛行機で45分、フェリーであれば2時間ほどの距離にあるその島は、レイテ島と呼ばれています。

70年ほど前、かつてこの地で戦争がありました。日本とアメリカの軍隊がもっとも激しい戦いを繰り広げたのが、レイテを中心とするフィリピンです。そのときフィリピンは、アメリカの植民地でした。

美しく澄み渡ったレイテ沖において、かつて日本とアメリカの海軍は総力をあげて激突しました。その戦いは史上最大の海戦として、今も語り継がれています。神風特攻隊がはじめて飛び立ったのも、レイテ沖海戦が初めてでした。
*正確にはセブ島から飛び立った久能好孚(こうふ)中尉が1号と言われています。

フィリピン マバラカットにある神風特攻隊の像。ここからレイテ島に向けて飛び立った。

レイテ島においては、上陸を果たそうとするアメリカ軍と阻止しようとする日本陸軍がせめぎあい、2ヶ月の後に日本軍8万はほぼ全滅に至りました。

フィリピンで戦死した日本の将兵は52万人を超えています。レイテやセブ島のジャングル、そしてレイテ沖の海の底には、37万人以上の日本兵の遺骨が未だ眠ったままです。野ざらしのまま密林の中で、そして深い海の底で、70年余の歳月を過ごした彼らの魂は今なにを思っているのでしょうか?

戦いで死んでいったのは兵士ばかりではありません。この戦争で犠牲になったフィリピン人は、100万人を超えています。

今日では東南アジアのなかでも一番の親日国といわれるフィリピンと日本の間には、そのような悲劇の時代もあったのです。

ではなぜフィリピンでそんな戦争があったのでしょうか?

それは「なぜ日本とアメリカが戦ったのか」を知らなければ原因がわかりません。

同様に「日本が真珠湾を攻撃しなければいけなかった理由」は、「アメリカが日本への石油輸出を止めた経済制裁」から来ています。
そして更に「アメリカが日本への経済制裁」をした理由は、その前の理由から来ています。

そうやってさかのぼって突き詰めると、フィリピンにとっての世界史は「なぜマゼランがフィリピンのセブ島に上陸したのか」から見ることで、全て紐付けることが出来ます。

今回からフィリピンを舞台に、あの戦争でなにがあったのかを「日本とフィリピンの第二次世界大戦」として、シリーズでお届け致します。

このシリーズの始まりについて
このシリーズは元々、フィリピン留学前に日本とフィリピンにどんな過去があったのか、フィリピン人と日本人は過去にどのような関係を築いてきたのかを知ってほしいと思い始まった、企画です。元々はセブ島留学マナビジンで掲載しておりましたが、情報量が膨大になったため、スピンオフしてこの専用サイトで情報をお届けする事になりました。

近現代史は学校の授業でもほとんど教わらないため、戦争があったことは知っていても、なぜ戦争が起きたのか、そこで何があったのか、戦争の痕跡(こんせき)とそれによって何が変わったのかを、私達の多くは知らないままです。

そこで、フィリピンで起きた戦争の痕跡をじっくりとたどることで、過去の戦争がどう今の世界、特に今の東南アジアにつながっているのかを、知ってもらいたいと思います。

このシリーズを読むことで、フィリピン人の立場にたった国際交流が出来るだけでなく、他国の人たちと交流を深める際にも必ず役立ちます。

特集の構成について

今回はフィリピンで行われた日米の戦いのなかから、セブ島からも近い「レイテの戦い」を取り上げます。今後、マニラ市街戦やダバオでの死の行進なども取り上げるとともに、東南アジア各国が第二次世界大戦後にどのように独立を果たしていったのかについて紹介する予定です。

でも、「レイテの戦いがどのように行われたのか」を単にたどるだけでは、真実は何も見えてきません。私たちの父祖はなぜ日本から遠く離れたレイテで戦い、その地で命を落とさなければならなかったのか、そうした父祖の思いを知ることは、現代の日本とフィリピンの関係を考える上でも大切なことです。

今でこそセブは世界を代表する国際的リゾートとして栄え、セブ島留学も人気を集めています。そんなセブ島だけでも、日本人の戦没者は12000人を数えます。その多くは、まだ二十歳前後の若者でした。

いくつかの語学学校があるセブのITパークは、第二次世界大戦当時、日本軍の飛行場があった場所です。そこから若者たちは神風特攻隊として大空に舞い、米艦めがけて体当たりしていきました。

ITパーク、滑走路

ITパークの戦前と戦後 引用:the WAR in Cebu(University of San Carlos press)

彼らはなんのために、自らの命を犠牲にしてまでも戦わなければいけなかったのか、その思いに耳を傾けることは、後世に残された私たちの義務ともいえるでしょう。

そこで、今回当サイトではシリーズを始めるにあたり、「日本はなぜ戦争をしたのか?」という問いに答えるために多くのボリュームを割くことにしました。

「レイテの戦い」は、以下の四部構成でお届けします。

第1部. 侵略か解放か? 日本が追いかけた人種平等の夢
第2部.レイテ島沖海戦から地上戦まで、かく戦えり
第3部.神風特攻隊が残したもの
第4部.フィリピンから見たレイテの戦い

 
このなかで、「日本はなぜ戦争をしたのか?」を深掘りしたのが第1部です。初めに断っておきますが、第1部のボリュームだけでも通常の単行本数冊分に相当します。

第二次世界大戦へと至った経緯を調べていくと、「なぜ?」という問いが次々と生まれ、歴史をどんどん遡(さかのぼ)っていくことになったからです。

第1部「侵略か解放か? 日本が追いかけた人種平等の夢」の概要

当サイトでは第二次世界大戦へと至った起点を、15世紀半ばから始まる大航海時代としました。

第1部はプロローグとして「ふたつの世界地図はなにを語るか」から始まり、対立する歴史認識について紹介した後、「大航海時代」をじっくりと掘り下げます。

日本をはじめ、世界中の多くの歴史学者が指摘するように、第二次世界大戦には大航海時代に端を発する人種戦争としての側面があります。

コロンブスのアメリカ大陸発見から、ヨーロッパの白人たちが有色人種を虐げる歴史が始まりました。アフリカもアジアも、ほとんどの国が西欧列強の植民地となり、数え切れないほどの悲劇が生まれています。

こうした歴史をばっさりと切り捨てたまま「なぜ戦ったのか」を考えてみても片手落ちです。幕末からの日本の歩みは、歴史の連続性の上に成り立っています。

そのあとに「第二次世界大戦への道筋」として、ペルーの黒船来航による開国から明治・大正・昭和にわたり、日本がどのような軌跡をたどって第二次世界大戦へと至ったのかを追いかけます。

といっても、単に教科書通りの記述を行っても意味はありませんので、教科書には書かれていない歴史的な事実を取り上げ、日本が軍事大国化していったのはなぜなのか。

明治以降の日本はなぜ領土を拡大していったのか、日本の大義はどこにあったのかを徹底的に深掘りします。

その上で、改めて「日本はなんのために戦ったのか」を振り返り、第1部のまとめとしています。

特集で伝えたいこと

続く第2部以降は「レイテの戦い」を時系列で追いかけながら、レイテの戦いから始まった神風特攻隊について第3部で紹介するとともに、フィリピンから日米の決戦はどのように見られていたのかを、第4部としてお届けします。

シリーズを通して、日本人にとってフィリピンという国がどれだけ特別な存在であったのかを汲み取ってもらえたなら、うれしい限りです。

本シリーズが、フィリピン留学を通してグローバル人材へと成長するための一助になることを願っています。

なお、本シリーズをまとめるにあたり 数百冊の書籍を参考にしました。参考文献については最後の回にまとめて掲載してありますので、ご了承ください。

また序章以降から「第二次世界大戦」を「太平洋戦争」でも「先の大戦」でもなく、「大東亜戦争」という呼称であえて使っています。
理由については、第1部の「ふたつの世界地図はなにを語るか」に紹介してありますので、目を通していただければ幸いです。

それでは、全部目を通していただくとなると相当長いおつきあいになるかと思いますが、当サイト流の歴史認識に基づく「日本とフィリピンの第二次世界大戦」を始めさせていただきます。

セブ島留学マナビジンで公開中

特別企画:レイテ島慰霊の旅 by ドン山本

【レイテ島慰霊の旅1/3】カンギポットを往く。密林に眠る数え切れないほどの悲劇の物語
【レイテ島慰霊の旅2/3】リモン峠を往く。50日間米軍の猛攻に耐えた第1師団の戦い
【レイテ島慰霊の旅3/3】レイテに降る涙雨。人は生まれる時代を選ぶことは出来ない。

特別企画:セブ島慰霊の旅 by ドン山本

セブ慰霊の旅(第1回)セブ事件がもたらした神風特攻隊の誕生秘話
セブ慰霊の旅(第2回)招かざる征服者。フィリピン人にとっての日本軍
セブ慰霊の旅(第3回)民間人の投降を許さなかった日本軍の罪と子供達の運命
セブ慰霊の旅(第4回)観光地サンペドロ要塞近く、名もなき日本軍慰霊碑の秘話
セブ慰霊の旅(第5回)日本兵に子供を殺されたキリノ大統領の決断〜戦時と今をつなぐ絆